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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)2910号 判決

控訴人

馬渕建設株式会社

右代表者

谷川直武

右訴訟代理人

潁原徹郎

被控訴人

中村乙彦

右訴訟代理人

渡辺武彦

外二名

主文

原判決を取り消す。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

事実

控訴人は主文と同旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張並びに証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(控訴人の主張)

控訴人と被控訴人との間の工事請負契約約款三〇条には具体的な仲裁人が記載されていない。もともと約款中に仲裁手続を定める条項があつただけで、直ちに仲裁契約の存在を肯定することができず、双方の当事者が仲裁手続の意味を理解したうえで、仲裁手続に応ずる意思があつてこそ、仲裁契約が存在すると解されるところである。四会連合協定の旧工事請負契約約款二九条に記載される「建設業法による建設工事紛争審査会」によつて仲裁人が特定するにもかかわらず、右旧約款によりひろく請負契約が結ばれたころも、これのみをもつて仲裁契約ありとは判断されなかつたゆえんである。この点現行約款が仲裁契約を真に締結する場合は、仲裁人たる審査会を選択し、明確に約定するように定められたことは、極めて重要な意味を持つ。すなわち、あらかじめ当事者が特定の審査会を選んでいた場合、仲裁手続に服すべき当事者間の仲裁契約についての合意が容易に認定される反面、仲裁人たる審査会を選んでいない場合は、仲裁契約の存在を否定するほかないことになつたのである。

(被控訴人の主張)

現行建設法によつても、二五条の九により紛争当事者が双方の合意によつて管轄審査会を定め(三項)ない限り、神奈川県知事の許可を受けた控訴人と被控訴人間の紛争処理は、神奈川県建設工事紛争審査会が管轄するものとされている(二項二号)。これから判断しても、当事者が特定の審査会を選択していなかつたといつて、この点に関する条項を無効視することは暴論といわざるをえない。

(当審における新たな証拠関係)〈省略〉

理由

〈証拠〉によれば、被控訴人を注文者、控訴人を請負者とする本件請負契約について作成された契約書には、昭和五〇年三月に改正された四会連合会協定工事請負契約約款(以下、現行四会連合約款という。)が添付されていることを認めることができるし、右約款三〇条の規定の内容は、原判決理由の説示と同一であるから、ここにこれを引用する。すなわち、本件請負契約の一部をなす右約款三〇条においては、契約書に定める建設工事紛争審査会の仲裁に付する旨規定されているのみで右の審査会が定められておらず、同約款三一条の規定により当事者の審査会を定める協議も成立していないことは弁論の全趣旨により明らかであるから、建設業法二五条の九第二項二号の規定により仲裁をすべき審査会が定まる以上、特定の審査会が契約上定められていないとしても、形式上右約款三〇条の規定を目して空文に等しいものと解することはできないけれども、一般的に仲裁契約の成否に関しては、実質的に訴権の制約と考えられる管轄の合意について、書面によつて(民訴法二五条二項)当事者の意思を明確にすることが要求されていることに照らしても、仲裁契約が訴の利益を阻却する不起訴の合意の趣旨を含むものであることからも慎重に決せられるべきであつて、仲裁契約が成立するには、書面によると口頭によると、また、明示であると黙示であるとを問わないにしても、当事者(本件にあつては注文書と請負者(ないし監理技師))間に明確な仲裁付託の意思が存することを要するものと解すべきは当然であり、建設工事請負契約においても、それに付された四会連合約款に仲裁条項が存在するということだけで仲裁契約の成立をただちに肯認することはできないものと解すべきである。しかして、〈証拠〉によれば、控訴人と被控訴人間の本件請負契約について作成された契約書には、仲裁に付すべき建設工事紛争審査会が記載されておらず、同約款三一条の規定により右の審査会を当事者の協議により定め得ることも保障されないこと、控訴人は、四会のうちの社団法人日本建築学会に加入している建設業者であり、従つて報酬額が一〇〇万円を超える民間との建設工事請負契約において作成される契約書には、ほとんどの場合、四会連合約款を添付していること、控訴人は、昭和五〇年三月に四会連合約款の仲裁条項が改正されたことを知悉していること、しかしながら、控訴人は、請負契約締結時に注文者から紛争が生じたときは建設工事紛争審査会による解決を望む旨の申出がない限り、契約書に紛争の解決のあつせん又は調停若しくは仲裁に付すべき建設工事紛争審査会を定めることがなく、契約書に右審査会を定めないときは、現行四会連合約款三〇条は死文であると考えていること、控訴人が現行四会連合約款三〇条を活用しない理由は、自らの経験及び建設業界における風評から建設工事紛争審査会の実態が紛争解決機関として十分な能力を有していないと考えているからであること、控訴人は、請負契約書が作成されると、注文者に対し、添付の四会連合約款も含めてこれを読み聞かせ、注文者に疑義のあるときは説明をして、その内容の明確化をはかつており、被控訴人との間の本件請負契約の場合も、控訴人営業副本部長鈴木やすしが契約書の調印の際現行四会連合約款の添付されている契約書を読み上げ、とくに右約款三〇条についてはもし問題があれば裁判所でやりたいと思う旨を話して被控訴人の納得を得ていること、被控訴人は、電機とか建築関係の会社の部長をしていたことがあることを認めることができ、右事実によれば、控訴人と被控訴人に、明確に、本件請負契約について生じた紛争の解決を仲裁に付託する意思があつたということはできない。

そうとすれば、本訴には、仲裁契約の存在という訴訟障害は存しないといわなければならない。

よつて、本件請負契約に関する紛争について、控訴人・被控訴人間に仲裁契約が存在することを認め、本件訴を不適法として却下した原判決は、不当であつて、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消し、民訴法三八八条に従い、本件を原裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。

(岡松行雄 香川保一 並木茂)

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